自分の最期を想像し、今自分がやることを考える
死後の世界がどうなっているのか。
一度は考えたことある人は多いと思う。
死後の世界は、人によってそれぞれだと思うし、人生を歩んでいくにしたがって、もしかしたら変わっていくものかもしれない。
今回は、今の私が「死ぬときどう感じるんだろう」「死後どうなるんだろう」と想像した結果のお話。
いざ寿命を全うするときの感覚を想像
私が今寿命を迎える人だとして、どう感じるんだろうか。
天寿を全うして、寝かされている状態。周りに人がいるかもしれないし、いないかもしれない、そんな状態。きっと、目も見えづらく、耳も聞こえづらいと思う。
そんな状態で、自分はきっと、人生を振り返るんだ。「ああ、やりたいこと全部やった、良い人生だった」と感じるのか、「もっとこれやっとけば良かった」と感じるのか・・・。
人間って、余裕ある時は何とでもいえるんだよね。しかも自分も無理している感覚もないので、本当に自分自身の願いが見えていない状態。だから、自分の中の声を無意識に後回しにして、そのうち聞こえなくなってる。
だけど、いざ自分の最期ってなると、世間体とかやらなきゃいけないこととか、そういうのが全部剥がれて、自分自身の声が強く見えるようになる。
きっと強く願って願って、それをもって死ぬんだろう。
来世があるとしたら
来世があるとしたら、きっとその願いは続いていくのかもしれない。
もっと旅行しておけばよかった、と思えば、旅行をもっとする人生になるのかもだし。
もっと人に囲まれたかった、と思えば、人と沢山関わる人生になるのかも。
現世でも、「思考は現実化する」ってあるけれど、これは来世にも受け継ぎそうな感じするんだよな。それが輪廻転生となる。
ちなみに、現世での私って、本当の私が地球を楽しむために作ったアバターな気もしているんだ。しかも、時間も関係ない。
だから何が起こるかっていうと、
「何も考えずふらふらする人生が良かった」と思って死んだら、次はクラゲに生まれるかもしれないし、
「もっとたくさん人と戦いたかった」と思って死んだら、次は戦国時代に生まれるかもしれないってこと。
「すべてが完璧な人生だった、ありがとう」と思えば、地球からは旅立つのかもだし、もしかしたらまた次も自分みたいな生まれ方をするのかもしれない。
それを受けて、今の私が何をするか
自分が今天寿を全うする・・・と想像すると、「もっとやっときたいことがある!!!!」と心の底から出てくることがある。
そうやって出てきたことをさ、現世でやってみようと思う。
一つ一つ確実にやっていくことで、後悔ってのは無くなっていくのかな、と。
私がいざ天に旅立つって時には、「公開は一つも無し!良い人生だった!!」って思いたいもの。
だから、全ての世間体ややるべきことから解放された私の声を聴く、ってことをやって、出てきた声を誠実に叶えていくってことをしていかなきゃな、って思う。
自分の根底の思いをしっかり聞く、そしてそれを出来る限りすぐに叶える。やっていこう。
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